生物・医学画像を対象として,情報の抽出,計測,可視化に関する要素技術の開発を行っています


MATHEMATICAL MORPHOLOGYに基づく画像処理手法の開発

Mathematical Morphology(日本語では,数理形態学,マセマティカル・モルフォロジあるいは,単にモルフォロジとも呼ばれる)は,1960年代にフランス,パリ国立高等鉱山学校(Ecole des Mines de Paris) の研究者,G. MatheronやJ. Serraらによって考案されました.当初は鉱石の顕微鏡写真に対する,テクスチャ解析の手段として適用されていました.Mathematical Morphologyの体系は,処理対象画像と構造要素とよばれる小図形との集合演算によって成り立っており,それに基づく非線形画像処理フィルタは,これまで,工学,産業分野等で広く使用されてきました.しかし,通常のmorphologyフィルタを生物医学画像に適用した場合,構造要素の作用方向の制限により,生物試料の微細かつ複雑な構造が変形,破壊される,あるいはアーチファクトが生じるなどという問題が知られていました.そこで本研究では,この問題を解決すべく,従来の演算の特性を活かしつつ,より頑健かつ汎用的な新規のmorphology演算(Rotational Morphological Processing (RMP))を開発しました.これに基づく様々な画像処理フィルタを設計し,形態情報の抽出手法を開発しています.

 

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RMPフィルタに基づく凝集した構造の自動抽出例.ここでは,細胞核を可視化した画像(a,四角で囲んだ領域を拡大したものを下部に示す)を用いた.解析対象は,細胞核である.一般に解析対象の定量化には対象領域をセグメンテーション(背景から切り出す)する操作が必須となる.しかし,通常の生物・医学画像では,本例のように解析対象が近接し,凝集しているケースが多くみられるため,通常の画像処理フィルタでは,これらを区分して抽出することは困難である.(b)に考案したフィルタ(RMP top-hatフィルタ)を適用した結果を示す.近接した核が良好に区分され強調されていることがわかる.(b)に対し,自動閾値法により2値化処理を実施した結果が(c)である.個々の核領域が互いに独立してセグメンテーションされていることがわかる.これにより,核領域の面積や個数,座標位置,密度などを定量化する場合,より正確な測定値を求めることができる.


医用画像処理手法の開発:病変領域の特異的強調と自動検出

医用画像の定量解析は,病変領域の早期発見や病理診断の正確さの向上ために必須のものです.本研究では,マンモグラフィ画像,胸部X線画像,眼底画像を対象として,そこから病変領域のみを特異的に強調,抽出する手法を開発しました.本研究によって,(1)複雑な背景からの病変領域のみの単離,(2)構造要素を変化させることによる粒子状,繊維状など,形態の異なる病変領域の抽出,(3)大きさ,濃淡値において,目視では検出困難な病変領域の顕著化,を可能にする技術要素を確立しました.これらは,コンピュータ診断支援に有効であるばかりか,コンピュータ自動診断を可能にするためにも必須の要素であると言えます.現在は,マンモグラフィ画像を対象として,乳房辺縁領域などの形態特徴の自動抽出,腫瘤領域のクラスタリング手法等の開発を行っています.

マンモグラフィ(乳房X線画像)における病変領域の検出.画像データは,Mammographic Image Analysis Society (MIAS)データベース (http://peipa.essex.ac.uk/info/mias.html) より取得.画像番号mdb178(上段)およびmdb179(下段)を使用した.(a)原画像.自動抽出した乳房辺縁領域(スキンライン)を白線で示す.(b)病変領域候補の強調.(c)病変領域の検出.強調画像(b)において,領域の面積と輝度値を特徴量として用い,病変領域を検出した.病変陰影はその候補と比べ,領域のサイズが大きく,輝度値が高いという特徴があった.検出した病変領域の輪郭を原画像に重ねて示す.検出領域はデータベースのアノテーション(診断結果)と一致する.

フィラメント形状の強調例.開発したmorphologyフィルタは,特定の構造を選択的に強調することが可能である.たんに,輝度レベルの操作ではなく,形状情報を利用して必要な情報を抽出することができる.ここでは,フィラメント状構造の強調を行った.マンモグラフィ原画像(a)の腫瘤のある付近(四角で囲んだ)の拡大図が(b)である.腫瘤を矢印で示す.強調結果(c)では,腫瘤影は強調されず,それに重なって見えるフィラメント構造のみが強調されていることがわかる.


フラクタル解析によるアクチンフィラメントの構造揺らぎの解析

筋肉を構成する蛋白質である,アクチンフィラメントは溶液中で常に揺らいでいます.ミオシンと相互作用した場合,フィラメントの“やわらかさ”が増大し,それを利用して機能発生を行っていることが示唆されています.これまで,光学顕微鏡での分解能レベルでの揺らぎの計測は行われていますが,それよりも高い分解能での計測はありませんでした.そこで,本研究では,電子顕微鏡レベルの分解能(2nm程度)で,ミオシンと相互作用するアクチンフィラメントのダイナミクスをフラクタル解析によって定量化するとともに,フィラメント構造モデルに基づき,分子局所の構造変化の集積がもたらすフィラメント全体の揺らぎ発生機序について考察しました.


メダカ精巣組織画像における精子形成の定量解析

本研究ではメダカの精巣における精子形成を,組織学的に,および分子レベルで解析し,p53 遺伝子の精子形成における機能を解明しました.Mathematical morphologyに基づく画像処理手法によって,精巣組織画像を精査した結果,p53 遺伝子を欠損したメダカの精巣では,精子の元である精原幹細胞の中に,精子に分化するのではなくて卵様の細胞(Testis-ova)に分化する細胞が存在することが発見されました.この卵様細胞を分子レベルで解析すると,卵特異的に発現する遺伝子(42sp50Oct-4)が確認され,卵様細胞が卵であることが確認されました.本手法は,他組織においても細胞種解析等に適用でき, 主観に頼った解析を客観的数値による議論へと質を変える,今後の標準を提示する成果となりました.本研究は基生研の亀井保博特任准教授,東大の尾田正二准教授らとの共同研究です.

メダカ精巣組織像の解析.精原細胞および卵様細胞領域の自動抽出.原画像(左).抽出結果(右).抽出領域の輪郭を黄色で示す.組織解析手法として今後標準となるだけでなく、生物学的には、放射線障害時からの回復時に精巣内に卵様の細胞を検出し、発がん機構に関与するp53が、幹細胞の分化にも関連することを示唆する興味深いデータでもある.


解析対象領域の自動セグメンテーション手法の開発

セグメンテーションは,画像の定量解析の前処理として必須のものですが,画像の種類や状態につよく依存するため,汎用的な手法の確立が困難なものとなっています.本研究では,mathematical morphologyに基づく画像処理手法を用い,様々な種類の画像に対し,汎用的で頑健性を示すセグメンテーション手法を開発しています.これまでの研究では,例えば,メダカの組織切片画像全体から「筋肉」,「精巣」,「細胞核」などといった定量解析に用いる領域を他の組織構造と区分して抽出する操作に適用しています.これによって,骨格筋異常発達メダカ変異体の骨格筋定量に基づいた野生型と変異体の組織像の比較,さらには組織中の細胞分布の定量解析等が可能になってきました.


Mathematical morphologyを用いた細胞運動の定量解析および4D可視化

平成23年度NINS「若手研究者による分野間連携研究プロジェクト」においては,順天堂大学の村山尚准教授らとともに,課題名を「数理形態学的手法を用いた細胞運動の定量解析および4D可視化」とした研究を遂行しました.本研究では,細胞骨格であるアクチンフィラメントのダイナミクスに注目して,細胞全体のマクロな運動とそれに関与する細胞局所部位でのミクロなフィラメント再構築過程を関連付け,細胞のマルチスケールな動的構造を定量的に解析する手法を開発しました.これによって,生物の細胞の形態情報の取り扱いに関する根本的技術要素を確立し,それを培養細胞の2次元的な運動現象を捉えた4次元動画像に適用することによって,現象を数理科学的解析ならびに新規の原理や法則性を導きだすための基盤技術を構築しました.

細胞骨格フィラメントの抽出.(a)培養細胞の共焦点顕微鏡像(MIP画像).共焦点顕微鏡で取得された3Dデータからフィラメント構造を抽出し,形態特徴 (向き,長さ,太さ)に基づき抽出し,3種類の構造形態(ストレスファイバー:灰色,Membrane ruffle:赤色,Short filament:緑色)に区分した.(b),(c)にそれぞれ異なる視点からみた再構成像を示す.ストレスファイバーは,細胞の基底のみに存在しており,核の周辺には,それを取り囲むように短いフィラメント構造が存在していた.また,Membrane ruffle構造の高さは10mm程度あり,ほぼ細胞の高さに等しいことが分かった.